em ruleとen ruleのアキ
お断り――辞書の話ではありません
欧文の約物の話です。
この記事を書く経緯を簡単に――盛大にはしょりながら――記しておきます。
ご縁があり、5/27に開催された「翻訳フォーラム シンポジウム2018」という翻訳者向けのイベントで『グルメな辞書 重版』『場面別にみる 辞書の選び方』を販売させていただきました。
それでたまたま「em ruleやen ruleの前後にスペーシングは入れるのかどうか」という問題についてしゃしゃり出てコメントする機会がありました。ところが元々素人に毛が生えた程度の人間が、うろ覚えで資料に当たらず喋ったということもあって、ほとんど間違いと言ってもいいほど不十分な、誤解を招く発言内容になってしまいました。
この記事では資料をふんだんに引きつつ訂正をさせていただきたいと、こういうわけでございます(平身低頭)。
欧文のルールと言えばまっさきにCMSこと『Chicago Manual of Style』を挙げる方も多いでしょう。
しかしなぜか行方不明で手元にありませんので、CMSの大西洋を挟んだカウンターパートである『New Oxford Style Manual』を引いていきます。
泣く子も黙る(?)オックスフォードのスタイルマニュアル、2016年に出た3rd Editionです。
もうひとつ、『Butcher’s Copy-editing: The Cambridge Handbook for Editors, Copy-editors and Proofreaders』も使いましょう。
これもルールや考え方については詳しく書いてあり、他のガイドに見られない情報も載っていたりするので侮れません。
イギリスのものばかりだと何ですから、メリアム・ウェブスター社のアンチョコ的ガイド『Merriam-Webster’s Guide to Punctuation and Style』も参照することとします。
実を言えば、私が最もよく使っているのはこれです。安いし、小さくて取り回しがいいし、その割に情報量も多くて便利です。
そもそも、em rule、en ruleとは何か――要するに、「ダッシュ」です。
アメリカではそれぞれem dash、en dashという呼び方をすることもあります。
—:長いのが「em(エム) rule」です。UnicodeはU+2014。WindowsならAltキーを押しながら0151と押下して入力。
–: 短いのが「en(エヌ) rule」です。UnicodeはU+2013。WindowsならAltキーを押しながら0150と押下して入力。
MacとかMS Wordでの入力方法はWikipediaにも書いてあります。
それぞれ、日本語のダッシュ(ダーシ)と同様に(この記事でも何通りかの使い方を既にしました)様々な用途がありますが、この記事ですべてをカバーすることはしません。
特に代表的と思われる「範囲を示すとき」「複合語を作るとき」「パーレン(括弧)などのように挟むとき」の3つの場面について、各書の態度を表にまとめます。(3つ並ぶと説得力があるように見えますね。)
- 例示は各書に忠実に抜き出しますので、必ずしも相互に対応していません。
- 各書に載っている例すべては引用しません。全部読みたい人は本をご購入ください。
- 表内では便宜上、en/em ruleまわりのアキ(スペース)を「|」で示します。アキがあると思って読んでください(ほんとに縦線を打ってはいけません)。
- アキ以外の話もちょっとだけ載っています。
- 既知の不具合:スマホの縦長画面だと非常に読みにくいです。すみません。
範囲を示すダッシュ
「en rule・アキなし」ということで概ね統一見解です。
Butcher’sはアキを敢えて使用する場合に関して言及し、M-Wとの差が生じています。
Oxford | Butcher’s | M-W | |
---|---|---|---|
約物・アキ | en rule・アキなし。 | en rule・アキなしが本則。 ただし、つながれたもの同士を明示するために、アキも使用。 |
en ruleが本則・アキなし。 |
pages N to M | pp. 23–36 | pp. 1–20 | pages 128–34 |
from A to B | 1939–45 | 1215–1260 c. 1215|–|c. 1260 |
1995–97 |
September–January 18 September|–|19 January |
September 24–October 5 | ||
Monday–Saturday | |||
9.30–5.30 | 8:30 a.m.–4:30 p.m. | ||
6. 6–8 6. 6|–|7. 8 |
複合語を作る示すダッシュ
これも「en rule・アキなし」で一致。
ハイフンを用いるケースが多少ありますが、「アキなし」に関しては変わらず。
Oxford | Butcher’s | M-W | |
---|---|---|---|
約物・アキ | en rule・アキなし。 | en rule・アキなし。 | en rule・アキなし。 |
A to B; A and B |
Dover–Calais crossing | London–Glasgow railway | Boston–Washington train |
Ali–Foreman match | Bruno–Tyson fight | ||
on–off switch | gas–liquid chromatography | male–female differences またはmale-female differences(ハイフン) |
|
editor–author relationship | |||
Einstein–de Sitter universe | Labour–Liberal alliance | ||
Chinese–Soviet (ただしSino-Sovietはハイフン) |
Chinese–Japanese (ただしSino-Japaneseはハイフン) |
||
French–German (ただしFranco-Germanはハイフン) |
パーレンなどのように挟むダッシュ
不用意に「挟むダッシュ」という見出しをつけましたが、文末に来るなどの場合「挟む」必要がないのはご存じの通りですね。
さて、三者の異口同音が終わるのはここです。「em rule・アキあり」「em rule・アキなし」「en rule・アキあり」という3パターンが登場。特に絶対的な正解があるようには思われません。
Butcher’sがアキありを採用しているのは、Oxfordが言うように「英国ではアキあり」の慣習に則ったものとも考えられます。もっとも、米国のM-Wでも「アキあり」が間々見られると指摘されています。
Oxford | Butcher’s | M-W | |
---|---|---|---|
約物・アキ | em rule・アキなしが本則。慣用的には、米国アキなし、英国アキあり。 | en rule・アキありが主流。 em rule・アキなしも使われている。 |
em ruleを使用。新聞雑誌はアキあり、書籍やジャーナルはアキなし。 |
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コンマ、パーレン との違い |
コンマよりダッシュのほうが「割り込む」感じが強調される。 ダッシュよりパーレンのほうが「そっと挟み込む」感じになる。 |
(言及なし?) | 挿入部の脱線(digressive)の度合いが、 「コンマ<ダッシュ<パーレン」 の順で大きくなる。 |
ちなみに、ptcという団体(これも英国)が開いているBasic Proofreadingという講座のマニュアルには、em ruleの両端にアキを入れないことは「used to be a very strict typographic style, but we have recently seen a spaced em dash in a book」だとあります。なお、「en rule・アキあり」という使い方が台頭してきたのは、それが「many would say, looks nicer in print」だからとのこと。
上記で見てきたように、ダッシュひとつ取っても用法、地域、媒体の違いから複数のルールが発生しうることがわかります。実際にはさらに版元、編集部、シリーズ、個別の案件、といった各レベルでルールがあるでしょう。今回参照しなかったCMSにもまた別のルールが載っている可能性は大いにあります。
ごく当たり前の話になってしまいますけれども、情況をよく把握し、ケースバイケースで「本則」「許容」「例外」を使い分けながら対応していくのが望ましいということになります。