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様々な種類のデジタル辞書がある中に、皆さんもご存じのいわゆる電子辞書(電子辞書専用機、携帯用電子辞書とも)というものがあります。

こういうやつですね、電子辞書。

わが国では40年近い歴史があり、その辺はビジネス機械・情報システム産業協会のサイトに(何故かこの3月になって)まとめられています。

上記ページでは全く触れられていないのですが、電子辞書市場は縮小の一途を辿っています。
市場がピークを迎えたのは2007年。このとき電子辞書の出荷は297万台・483億円でした1。2015年の数字を見ると、122万台・213億円2この約10年で、4割程度まで落ち込んでいます。原因がスマホとネット(オンライン辞書など)の興隆にあることは指摘するまでもないでしょう。十分に普及し、また性能も向上したために買い替え需要が消えたという要素もあるかもしれません。

しかしながら、電子辞書から利点が消え去ったわけではありません。むしろ、電子辞書にしかないメリットも存在します。今回はその点を軽く確認しておきます。(私のつぶやきに対するツイッターでの反応も参考)

 

辞書機能しか「ない」

辞書にとどまらない多様なコンテンツを含む電子辞書は確かに売られていますが、原則として電子辞書は単能の機械であり、入っているのは「辞書だけ」です。このことは、具体的には次のような形でメリットをもたらします。

  • 学校に堂々と持ち込める、教室で使える:中学校・高校では、スマホを持込み禁止の学校は多いと思います。仮に持ち込めたとしても、授業中には使えないでしょう。教育現場で認められるのは昔ながらの紙の辞書か電子辞書です。(未だに電子辞書すら嫌がられる場面もあるそうですが、少数派だと信じたい。)
  • ビジネス現場に堂々と持ち込める:学生以外に根強く電子辞書を愛用する人に通訳者がいます。ビジネス通訳の場合、クライアントの事業所に赴いての業務もありますが、産業スパイを警戒し、部外者に対しては入館時に電子機器を預けさせることが間々あるといいます。その際に問題となるのがカメラの有無です。スマホやタブレットPCにはカメラが搭載されているので、持ち込めません。一方で、電子辞書は撮影機能などありませんから、現場でも使わせてくれます。
  • 辞書の使用に打ち込める:スマホを使っていると、LINEの通知が来たり何だりと気を散らす要因があって勉強などの妨げとなります。PCでオンライン辞書を使っているときも同じです。通信機能がなく辞書に特化したデバイスならその心配はありません。

スマホにどんなに良い辞書アプリを入れていようが、ジャパンナレッジと契約していようが、現場で持たせてもらえないのでは無意味です。オンライン辞書を引くつもりでついブラウザの別タブを開いてSNSを覗いてしまう、友人との会話が気になってしまう、というのも好ましくありません。あくまで辞書に徹している電子辞書にしばしば活躍の場が回ってきます。そう言えば、テキスト入力機能に集中したキングジムの『ポメラ』は好評なようですね。

 

アップデートが「ない」

電子辞書を含めデジタル辞書のコンテンツは大抵、書籍版の辞書を電子化したものです。
そのデジタル辞書の元になっている紙の辞書には、(運がよければ)やがて改訂の機会が訪れます。その場合、紙辞書は1冊数千円(~)を投じて買い直すことで対応できますが、電子辞書は機器を丸ごと買い換えるしかなく、数万円かかってしまいます。
これがオンライン辞書なら、勝手にアップデートされます(という場合もある)し、スマホの辞書アプリやPC用の辞書ソフトであればひとつひとつ購入し直せます。また、元となった紙辞書の改訂に合わせてアプリがアップデートされるケースもたまにあります。個別の改訂に対応していない電子辞書は不利です。

……と思われているかもしれませんが、そうとも限りません。単体で完結した電子辞書ならではの強みがあります。
デジタル辞書のアップデートにまつわるデメリットとは何でしょうか。

  • 古い記述が消える:紙と異なりデジタルデータには形がないため、改訂すなわちデータの変更は、旧版の記述の消失を意味します。普通はあまり気にしなくてよいかもしれませんが、レファレンスの同一性(ひいては信頼性)という観点からは問題があります。オンライン辞書やスマホの辞書アプリでは、アップデートによって「前には引けた項目が消えてしまった」「前は読めた記述がなくなった」という事態が現実に発生しています。「典拠」という機能から考えると望ましいことではないでしょう。
  • 再入手・継続が保証されないことがある:スマホのアプリの場合、新しい版が登場すると古いアプリはストアから入手できなくなる場合があります。メーカーが消滅し、ストアから存在が抹消されても同様です。お金を出して買い切ったはずなのに! 私の辞書を返してくれ! 失礼しました。ああ、オンラインの辞書もサービスが終了してしまえばそれでおしまいですね。
  • 機器が変わると動作しないことがある:CD/DVD-ROMの辞書ソフトウェアを使うのにはPCが必要です。これは(辞書の方ではなく)PCを新調したときに、古い辞書ソフトが新しいOSで動作しないという状況を招きます。そもそも新しいPCにディスクドライブがなくてインストールしようがない、といった場合もあるでしょう。スマホにおいても、iOSのアップデートによりiPhoneで古いアプリから互換性が失われるというのは心配のし過ぎではなく、まさに現在進行形で起きていることです。将来辞書アプリが同じ悲劇に見舞われないとは全く言えません。お金を出して買い切ったはずなのに!! 私の辞書を返してくれ!!!
  • 手間がかかり得る:もしも辞書が最近の家庭用ゲーム機のように、しばらくぶりに起動しようとしたら「アップデートが必要です」と表示され、時間をかけて新たなデータをダウンロードし、インストールして、やっと始められる……というふうになったら困ります。「必要なそのときに、邪魔されずに引く」ことが保証されていなければなりません。いまのところ私の認識する限り、幸いにしてデジタル辞書自体はそうした面倒くさい状態になっていません。ただし、PCを起動したらWindowsアップデートなどがあってそれが済むまで使えない、なんて場面は今でも現実にあり得ます。

自己完結した電子辞書は、上記のようなトラブルとは無縁です。
中の回路が故障することはありますから「半永久的」と言うと流石に嘘ですが、紙辞書ほどではないにせよ電子辞書は長寿命です。私がかつてネットオークションで落札した1979年発売のシャープIQ-3000は動きません(と言っても元からジャンク品扱いでしたが)。一方で十数年前、高校時代に買ってもらった、セイコーインスツルメンツの電子辞書は未だに現役です。
ひるがえって、手元のiPhoneの辞書アプリは、果たして何年後まで使うことになるのか、使うことができるのか……。大量に投資した人間としてはあまり直視したくありません。

上に挙げたデジタル辞書のデメリットには、対策が存在しうることもまた事実です。記述の消滅は改訂履歴の添付で対処できます。オンライン辞書の終了は使用者からはいかんともしがたいですが、アプリの方はバックアップがあればストアから消えてもインストールし直せます。古いデバイスの動態保存により、古いソフトウェアも長く使用可能になります(実際そうしている方はいるんじゃないかと思います)。アップデートの手間はシステムの設計次第で回避できるでしょう。
しかしこれらは使用者か開発者にそれなりのコストや技術などを要求する点で、どうも危なっかしく感じられます。
少なくとも、私が最も重要視するレファレンスの同一性に関して言えば、改訂履歴を項目ごとに用意する商業デジタル辞書は未だに存在しないという事実を指摘しておかざるを得ません(辞書業界は一体いつまでWikipediaの後塵を拝するつもりなんでしょうか)

 

見てきた通り、「学校から問題視される機能がない」「カメラがない」「通信がない」「アップデートがない」など、機能の制限によってかえって電子辞書が有効となる場面があります。
このほか「オフラインで使える」「起動や動作が軽快(辞書機能までのアクセスが速い)」「電池の持ちがいい」「物理キーボードがある」といった長所が考えられますが、今回は「単能」「完結」をキーワードに、普段あまり気づかれていないと思われる側面について述べました。軽くメモするつもりが長くなってしまった……。


 

  1. ビジネス機械・情報システム産業協会「電子辞書の年別出荷実績推移
  2. ビジネス機械・情報システム産業協会「事務機械の「2015年会員企業の出荷実績」の発表
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